アメリカに住むということ

よそ様の国に住むというのは結構大変です。英語が出来ればいいというものではありません。

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新年から、懺悔。

相変わらず何にもやる気がおきなくて、ブログのネタなんかも全然思い浮かばないので、昔書いたものを読み返していましたら、話が途中で切れてしまっているものが多いことに気付き、なんとも自分のいい加減さにうんざりしちゃってます。
(って、いまだって、本当は自宅に持ち帰ってきた仕事をすべきなのに、やりたくないのでこんなことしてるし…。)

ということで、3年前(!!)に書きはじめた話にキリをつけることを決心しました。

その話とは、ずばり、

コンパは楽し。
クリックするとその話に飛びます)

です。

今回は、第3話となります。

+++

飲み会のすぐ後に、電話をかけてきてくださった、Aさん。

実は、あまり顔とか良く覚えてなくて、ただ、どんな勉強をしているかだけをとってもクリアに覚えていましたが。




よくある流れで、

「お茶でも、どうですか。」

とお誘い頂いたような…、まずは…。

実は、最初のデートに関しては、まったく覚えがなくて、もしかしたら渋谷とか銀座とかで映画を観たかもしれないなぁ…。

映画や美術館や本屋さんなどの、まあいわゆるデートの王道ロケーションをグルグルして、最後に夕食&寮までお見送りがしばらく続きました。

Aさんは、結構「まめ」で、ぴあなどで美味しいという評判のところを探してきては連れて行ってくれました。
(当時は、もちろんインターネットなどという便利なものはなく、調べ物は雑誌で!)

「こんなところに、こんなのあるんだ!」というようなレストランとか、まぁ、随分と楽しい思いをさせてくれました。

食べること以上に、彼の知識の豊富さとか、聞き上手さとかが常に感動モノで、一日中東京中をいろいろな話をしながら歩き回ったこもあったっけなぁ。

手を繋いで彼の興味深い話を聞きながら、ふと、

「あ、私、この人と結婚するかも。」

って、ごく自然に思う瞬間が何度もあったような記憶です。



お付き合いを始めてしばらくすると、大学が冬休みに入って、それぞれ帰省しました。

二人にとって初めての長期分かれ離れ。

もちろん、当時は携帯なんていう便利なものはまだ存在していませんでしたから、連絡手段といえば通常の電話。家族みんなの集う場所に鎮座がデフォ。

家族の誰かが電話に出て、

「XXXさんという方から、お電話よ~。」

と教えてくれます。

それを、二階の電話でとります。

誰も周りにはいないのに、ちょっと気恥ずかしさもあって、受話器に手を添えてコソコソと喋りだします。

「元気にしてた?」

と聞かれ、

「はい。」

と応える私。

「もうすぐ、冬休み、終わるね。」

と聞かれ、

「はい。」

と応える私。

ちょっとだけ沈黙があって、

「よかったら...、京都経由で東京に戻らん?」

という提案がされました。

彼の実家は大阪。

私の実家は岐阜。

いま思えば、あの提案には結構深い意味があったことが分かるのだけれど、当時20歳の私は、「京都へ」は「デパートでショッピングへ」と同じぐらいの意味合いにしか取れないぐらいのとんちんかんおバカだったのです。

+++

あ、なんだか、苦しくなってきちゃいましたので、ここで切ります。

そのうちに、続きを書きます。

あわわ...。

















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Comments

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続き待ってます!

2013.01.03(Thu) 22:22       kuwachann-2_0 さん   #Ft7NIgZY  URL       

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