アメリカに住むということ

よそ様の国に住むというのは結構大変です。英語が出来ればいいというものではありません。

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日系人

ウチのボウズはとってもおしょうゆ顔ですが、心はすっかりアメリカ人です。

日本で「アメリカ人」というと、イメージ的には、「白人で、金髪で、目が青くて、英語を喋る」。

でも、アメリカには本当にいろいろな人がいて、みんな見てくれもいろいろ。英語を喋らないアメリカ人だっているし、白人じゃないアメリカ人も一杯いるし、まさに人種のルツボっていう表現がぴったりくる国です。

ま、今の時代、これは、アメリカだけでなく、どこの国に言っても言えることですけどね。日本だって日本人だけが住んでいるわけじゃないし…。

でも、このようなクローバル的な考え方というのは、実はつい最近やっと認識されてきたのであって、でもまだ見た目と国というのにはある程度の固定観念があるような気がします。

さて。

いつものごとく通勤の車の中でNPRラジオを聞いておりましたら、第二次大戦中の日系アメリカ人のことをレポートしていました。

戦時中にアメリカに住む日系アメリカ人がアメリカの僻地に集団移住・隔離されていたことは、余り知られていないようです。アメリカにとってこれは歴史的恥部なので大きく宣伝したりしないし、余り大きな声で話したりしないので、まあ、当然のことかなと思えます。

当時、日系アメリカ人はすっかりアメリカにも馴染み、それこそ心もアメリカ人として平和な生活をしていたのに、日本とアメリカが戦争を始めてしまったために、「見た目が日本人」「敵に見えるから」ということで、アメリカ人として認めてもらえず、強制的にキャンプに連れて行かれてしまったということです。(一方で、ドイツ系アメリカ人は強制隔離はなかったわけで、なんだかフェアじゃない…)

国からの説明は、

「あなたたちは敵に見えるから普通に生活していては一般のアメリカ人から誤解を受けるかもしれません。あなたたちの身を守るために安全な場所にお連れするんです。」

だったそうです。

でも、当時11歳だったある日系アメリカ人は、キャンプに実際に住んで、あっちの方に見える有刺鉄線と数メーター置きに設置されている見張り塔をみて、

「僕たちを守るためになんで、あんな見張り塔やら有刺鉄線が必要なのかな。こんなクソ僻地に誰が攻めてくるんだ。それに、なんで、見張り塔のマシンガンはあっちじゃなくて、こっち向いてんだ?」

と不思議に思ったそうです。

強制収容所は10箇所あって、むき出しの壁と簡易ベッドだけのあるバラックに家族みんなが押し込められていたそうです。な~んにもないから、何から何まで自分たちで作ったそうです。それも、作るための資材が支給されるわけでもなく、その辺に転がっているものなら何でもかんでも工夫して、椅子とかテーブルとかたんすのようなものをこしらえたんだそうです。

また、楽しみと言ってもな~んにもないため、家具を作った残りの木で工芸品つくりなどがされました。小さな鳥や模型の船を造ってみたり。小鳥にしろ船にしろ、廃材で作ったとは思えないほどのすばらしい出来で(実際の作品はNPRのホームページで閲覧できます)、理不尽な理由で隔離されても心が壊れずこんなにすばらしい作品を作った日系アメリカ人の皆さんは本当に辛抱強い誇り高い人たちだったんだなと、とっても心を打たれました。

皆さんのがまんに心から敬意を表する私です。

「がまん」とは、

to bear the seemingly unbearable with patience and dignity
(一見耐えられそうもないことに辛抱強さと威厳を持って耐えること)


だとラジオの中で説明されていました。


このレポートは、とっても丁寧なつくりになっていて、製作者の深い思いやりが感じられました。









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