アメリカに住むということ

よそ様の国に住むというのは結構大変です。英語が出来ればいいというものではありません。

王様の苦悩

英国のヘンリー8世は、歴史上、大変な暴君だったと知られていますが、どうもそれは馬上槍試合での事故が原因で人格が変わってしまったからだという記事を読みました。

娶った6人の妻の内2番目の妻であるアン・ブーリンとの間に暗雲が立ち込め始めたころ、ヘンリー8世を暴君にしたと考えられる事故が起こりました。

この事故は、1536年1月24日にグリニッジ宮殿で執り行われた馬上槍試合の最中のことでした。ヘンリー王が44歳の時の出来事で、鎧で身を固めた王が頭から落馬します。その上に鎧で身を固めた馬がドサリと倒れてきたんだそうです。(い、いたそ~)

王は2時間ほど意識を失い、当初は二度と意識など戻らないと考えられていた程の様子だったようです。

奇跡的に意識が戻り、回復の方向に向かったものの、この事故によって二度と大好きだった馬上槍試合はできなくなったばかりか、それまでも調子の悪かった足の潰瘍がますます悪化し、ずっと死ぬまで王を苦しませることになります。

この事故は肉体的障害を残しただけではなく、それまではスポーツマンで広い心の持ち主だった王を、突如として残酷で無慈悲で偏執病的人物に豹変させてしまいました。物の見方がまったく変わってしまい、妻の乗り換えスピードがどんどんと速まっていきました。

つまり、王の人格に深く影響を及ぼすほどの脳損傷が残ったと考えられるわけです。現代風に言いますと、ヘッド・トラウマによる高次脳機能障害かと。ぱっと見はそれまでの王と変わらないものの、

(1) コミュニケーションの困難
(2) 記憶と学習の困難
(3) 動作と行為の障害
(4) 注意力・集中力の低下
(5) 行動や情緒の障害

などが見られたように考えられます。

実際、王の主治医によりますと、

「足はひどく腫瘍化したため歩くことすらできず、視力は衰え、偏執(強迫観念)に悩まされ、憂鬱な日々を送っていた」

そうですし、まともな精神の持ち主が自らの妻を何人も首切り台に送ることはそうないんじゃぁないかと。(でも、時代が時代でしたから、当時はそれが普通の精神だったのかもしれませんが。でも事故前の王は随分と慈悲深いスウィートな人物だったことを思うと…。)

ちなみに、王が20台から50歳ごろまで利用していた鎧のサイズから、身長は6フィート1インチで、胴回りは32インチから52インチにまで増えた模様。胸囲は39インチから53インチに増え、1547年56歳での死亡時には、26ストーン(1ストーンは14ポンド=364ポンド)はあったそうです。

でかッ!

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